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ミニ企画展「東日本大震災15年 うたでつながる東北の未来 in ISHINOMAKI」で寄せられたメッセージ

更新日:2026年6月30日

私の心のうた

2026年3月2日(月曜日)から3月31日(火曜日)まで、歌がつなぐ未来をテーマにNHK東日本大震災15年 震災伝承ソングプロジェクトと連携して、「私の心のうた」を通じた伝承のかたちを探る企画展を開催しました。
約1ヶ月の間、参加してくださった方々からたくさんの想いが寄せられました。
それぞれの想いを尊重しつつ、公開させていただきます。

ミニ企画展「東日本大震災15年 うたでつながる東北の未来 in ISHINOMAKI」(企画展リンク)

  私の心のうた(タイトル・歌手名) 選んだ理由やエピソード 年代
1 ハピネス・AI きみが笑えばこの世界中にもっともっともっと幸せが広がる。君が笑えば全てが良くなる。この手でその手でつながる。震災後この歌に支えられました。前を向くのが辛かった。突然の別れや突然失ったものの大きさに挫けそうになったとき前向きになれた曲です。 40代
2 ハレルヤ・幹 幹さんが避難所に慰問に来てくださった時に聞いた曲です。被災地に住みながら家族も家も仕事も無事だったことが申し訳なく感じる毎日。辛さや涙は封印していましたがこの曲を聞いた瞬間、自然と涙があふれてきたことを思い出します。今でも大切な一曲です。 50代
3 YELL・いきものがかり 震災の日、6年生を送るために用意して、自分でギターを演奏しようと思ってました。自宅は全壊し父も亡くしましたが、ギターは当時の仕事場に置いていたので無事でした。ギターは15年の月日が経ち使えなくなりましたが、震災の日の話は今も子ども達に話しています。震災を風化させないために。 60代
4 光を集めて・藤巻亮太 震災で希望を失った被災地の皆さんへ向けたうた。みなさんに聴いて欲しい。 50代
5 幾重・ゆず この冬、震災伝承ソングとして作られたゆずの幾重を聴き、ずっと行きたいと思っていた東北に行こうと決心することができました。実際に石巻の震災遺構を訪れて、テレビの画面越しではなく、自分の目で見ることしか知ることができないことや感じることができない想いがある、と改めて気付かされました。これからも幾重を聴いて、震災を他人事にせず、同じ時代を生きる者としてどう生きていくか、考えながら生きていこうと思います。 20代
6 春の歌・スピッツ 私の2011年の春はまさにこの歌の歌詞のまんまです。 40代
7 あいさつの魔法・ACジャパン テレビやラジオで繰り返し流れたCMソング。頭にこびりついて、今でも3.11が近づくと聞きたくなります。聞くと震災当時の空気感や、車が流されてAMラジオしかない父親の軽バンを借りて移動していたのを思い出します。 40代
8 わたしの心のうた いいです。 30代
9 奏・スピッツ 亡くなった方々を思い出し、切ないながらも空の上で見守っていてねと前向きな気持ちにさせられた。 50代
10 栄光の架橋・ゆず 一部半壊の自宅の片づけのために、避難所から自宅を車で往復した時に、ほぼ毎日ラジオから流れていました。「いくつもの日々を越えて、たどり着いた今がある」「迷わずに進めばいい」と聞くたびに泣きながら運転してました。 50代
11 いつも何度でも・木村弓 生前、母が大好きだった映画の主題歌でいつも運転する車の中で流れていた曲だったので、震災当時は母のことを思い出すのが辛くて、なかなか聴くことができませんでした。偶然TVで流れていたのを見たときに、"かなしみは数えきれないけれど、その向こうできっとあなたに会える"という歌詞が母からのメッセージのように思えて、涙が止まりませんでした。当日の自分に前を向く力をくれた大切な曲です。 30代
12 不滅のヒーロー・SEAJETTER KAITO 「もう一度FIGHT!! 何度もTRY!! 光を目指して羽ばたけ High!! 涙を強さにかえて」という歌詞に何回も救われました。 10代
13 3月9日・レミオロメン 震災の影響で卒業式は中止になり、本来その日に歌うはずだった卒業の曲です。 あのときは寂しさや不安がありましたが、今振り返ると仲間との時間の大切さを感じる思い出の曲です。 30代
14 大切・FUNKYMONKEY BABYS 震災で生まれ育った街、家、大好きな祖父を亡くしました。今まで何気なく過ごしていた日々は、当たり前ではなく、かけがえのないものだったことに気付かされ、今ある環境やそばにいてくれる人達を大切にしようと思わせてくれた曲です。 30代
15 ふるさとは今もかわらず・新沼謙治 震災復興記念日にふさわしい歌。 70代
16 安心しろよ・石井竜也 ずっと心の闇の中にあって、自分どう生きて行ったら良いのかわからなかった時にこの曲を耳にしました。石井竜也さんも借金返済のためにご苦労されたエピソードを聞き、共感し、私も頑張ると決意し、石井竜也さんのコンサートに足を運びました。 50代
17 ふるさと・嵐 震災後の生活が不安だった頃にテレビ番組などで流れてきた曲でした。忘れられない歌がそこにある、手と手をつないで口ずさむ、山も風も海の色もここはふるさとの歌詞が心に響いて何度も聞きました。どんな風に街並みが変わっても小さい頃から住んできたこの街が私にとっての「ふるさと」なんだと思いました。あれから、15年の月日が過ぎようとしています。改めて私のふるさとが元気でいてくれますように。。。 50代
18 LIFE 目の前の向こうへ・SUPER EIGHT あの日、育ててくれた祖母、高校で毎日一緒に居た友達、一緒に入社しその日まで居た同期、家、大好きな地元を失いました。大好きだった地元雄勝町で生まれ育ち当たり前にあった日常が一変し、15年経った今でも鮮明に思い出します。少しでもなにか自分のものをと探しに震災後、家の跡地に足を運び、居なくなった祖母、友達を探しに遺体安置所に通った日、今もまだ祖母は見つかってません。どんどん日が経つと店が再開し、道路も整備されていく中を見て当たり前に居た人達が戻ってこない現実にとても辛いとき、大好きだったSUPER EIGHTさんのこの曲が流れてきて「いつか笑えるはず」のフレーズで頑張ろうと思えました。3月11日が来る際は必ず聞いています。この曲があって救われました。 30代
19 ひとつ・長渕剛 わたしは震災時に石巻市で被災しませんでしたが、結婚した旦那は震災時に津波に飲まれましたが生存した人でした。被災した際に助けられなかった命があったことなどを知れば知るほど、悲しさや行き当たりのない無念な気持ちが溢れてきて、苦しい時があり、この歌を初めて聴いた時、涙が止まらなくなりました。 しかしながら、何度か聴いているうちに、悲しみも受け入れて前向きに毎日生きていこう。今生きてることへの感謝を忘れないようにしよう!と思わせてくれる曲です。 30代
20 桜の木になろう・AKB48 震災直後の4月初め、道路にたくさんの瓦礫が残る中、イヤホンで聞きながら高校に向かって歩いていたことを思い出します。高台にある高校の桜は満開に咲いていて、私も「桜の木」のようになりたいと思いました。 30代
21 少年の果て・GRANRODEO 幼かった震災の日を思い出し、少年の心を捨てきれずに大人になった自分に重なったから。 20代
22 たからもの 東日本大震災の日に大切なペットが亡くなってしまい、悲しい気持ちになってしまいました。亡くなったペットは私にとって宝物でした。 10代
23 レスキューファイアー・JAM Project 震災に遭い被害を目にして怖くて仕方なかった時に「君のそばに居るよ」と「どこへだって駆けつけるぜ」と強く熱く励ましてくれる歌詞に力をもらいました。 30代
24 上を向いて歩こう・坂本九 震災を思い出すとき、辛いことをたくさん思い出すけれど、同時にあの暗闇の中で見た満点の星を思い出します。そして当時流れていた上を向いて歩こう、辛いこともあるけれど、上を向いて歩いたらきっといいことを見つけられると、震災当時も今も私を支えてくれる曲です。 20代
25 television・INI この曲は未来の自分が、過去の自分に向けて歌う曲で、歌詞の中に、「大丈夫、笑ってよ、ここにいるよ」という言葉があるのですが、今なにか辛いことや苦しいことがあっても未来の自分はこの先で私を待っていてくれると思うと、とても前向きな気持ちになれます。今目の前が真っ暗になるくらい苦しい時間も、通り越した先に未来の自分が笑って待っていてくれると思って踏ん張ってみようと思います。また、今の自分は過去苦しかった時間を乗り越えた未来の自分でもある。この連続が人生なんだな、と感じます。 20代
26 バラ色の日々 震災の被害の大きさから、自分の生活から音楽が失くなった数年後、大好きなアーティストの音楽に触れる機会がやっと訪れた。震災前からある楽曲。今現在も、自分の気持ちと環境にリンクして、歌詞に毎回心揺さぶられる。 50代
27 I believe 海の底から・KOKIA 震災直後に海沿いの道路を車で通過している時に聞き、涙が止まらなくなりました。これからの未来に希望を持って生きていこうと改めて考えさせられました。 30代
28 道・スターダストレビュー 元々がスタレビのファンだったのですが、この曲を聞き震災から色々体験、経験してきた我々を励ます楽曲だと聞くたび勇気づけられました。『心が折れても 涙に濡れても 僕らの歌は君を守るから』 自分自身5年前に初めて聞く病名を言われ、それが10万人に1人の難病。しかもあなたの場合5年の生存率は2割未満と言われ投薬治療を受けながら3年が経ちました。何度も挫けそうになりながらもこの曲に勇気づけられ頑張ってきました。今このバンドのメンバーにも大変な病気と闘ってる方がおられます。でもその方の頑張ってる姿にも励まされてます。以前陸前高田の復興ライブがあり参加させてもらったのですが高田の方々も涙しながら見ておられました。是非この石巻の地でも彼らの歌を聞けたらと節に願います。 50代
29 何度でも・DREAMS COME TRUE 東日本大震災の時に、この歌詞に励まされました。前向きな気持ち、勇気をもらいました。 40代
30 負けないで・ZARD 震災当時、生まれたばかりだった子が、川開きの小学校鼓笛隊で奏でた曲ですし、私の大好きなZARDの曲です。成長したくさんの壁を乗り越えようとする15歳の君へ、母からの応援歌です。曲とともに思い出すたくさんの光景に涙がでます。負けないで、ほらそこにゴールは近づいてる!頑張れ! 50代
31 The world is on the way・MR.BIG 震災の映像を見た親日家バンドのMR.BIGが急遽レコーディングした復興応援ソングです。震災当時アーティストのライブや演劇がキャンセルされる中「日本の友人達に会って励ましたい」と言い全国ツアーを行った東北のための1曲です。2011年のツアーでは宮城県だけは被害が大きくライブ出来る会場が無かった為メンバー達は悔しく思っていたそうです。2014年のツアーでは念願の仙台公演が開催され私自身も見に行きその日のラストを飾った思い出の1曲です 30代
32 希望の道・サンボマスター 震災当時中学生だった私は避難所生活を余儀なくされ、友人にも会うことが出来ず不安な毎日を過ごしており、この先どうなるんだろうと考えると不安で眠れない日も少なくありませんでしたが自宅から避難する際にポケットに忍ばせたウォークマンでこの曲を聴き、「雨に打たれ風に吹かれてもゆくんだよ」という歌詞に先が見えなくても生きて前に進んだときに振り返ったら歩んできた道こそが希望の道なんだと思いました。サンボマスターのボーカルの山口隆さんは同じ東北である福島県出身ということもありこの曲に限らずサンボマスターの楽曲からはたくさんの勇気を貰いました。 20代
33 ララバイ・萩原健一 別れた妻に子供と会えない寂しさ。 60代
34 俺たちの明日・エレファントカシマシ がんばろうぜ、自分もみんなもがんばって行こうぜ、応援してる。 50代
35 石巻復興節・くるり 2011年10月9日。あるミュージシャンの方が石巻を訪れ「石巻の皆さんがお祭りや盆踊りなど歌って踊れる曲を作りたい」と石巻へお越しくださりその際に、震災前の石巻のこと、自身が被災し日々不安な中、音楽という存在に救われているということ、そんな話しをさせていただきました。そして多くの石巻に住む震災を経験した方の言葉を繋ぎ出来たのが「石巻復興節」15年経った今も自分自身を奮起させなきゃならない時に口ずさみ私を支えてくれています。そして、何よりロックバンドくるりのお二人とは今では「友」として交流を続けさせていただいています。 50代
36 夢の続きへ・Surface 虐めや父親のことで悩んでこの世から消えたいと毎日思ってました。そんなとき早起きしてテレビをつけたらD.Gray-manというアニメのエンディングが流れててそれがこの歌でした。これを聞いたらまるで自分への歌のように聞こえて涙が出てきました。それ以降も震災や仕事で悩んだときも何度もこの歌を聞いたり歌ったりして元気を貰ってました。「悔しくたって人は誰も皆その足で進むしかないんだよ」「本当はもっと自分を信じてるんだろう」など良いとこばかりです 30代
37 ひとつ・長渕剛 震災後、何度聞いて涙が出てきたことでしょう。歌詞は色んな捉え方が出来ると思いました。震災で亡くした人を思ったり、生かされた人がこれからどう生きて行くか…私にはそう感じました。東北の人は我慢強いから本当は悲しいのに常に明るく振る舞っていたと思います。ふと1人になってこの歌を聞いたらこっそり泣けたかもしれません。震災は忘れることは出来ません、身内が亡くなり同僚がまだ行方不明になっています。同僚の年齢を追い越してしまいました。 50代
38 ハナミズキ・ 一青窈 私が母のお腹の中にいた際に流れていた曲だから。 20代
39 上を向いて歩こう・坂本九 震災当日夜、只々ラジオから情報を得ようと必死だった時車中に流れた音楽。上を向いて歩こうよ、涙が溢れないように。 50代
40 素敵なことがあなたを待っている・藤田麻衣子 子供と久しぶりに会ってこの曲を聴いて子供の気持ちを考えたら泣けました。 30代
41 アンパンマンのマーチ 3.11の震災時、給油で一晩中クルマで待機してた時にラジオから流れてきて泣けて勇気ももらった曲です。今も大好き。 60代
42 アンパンマンのマーチ 震災当日初めての避難所で過ごす夜、不安がっている妹に、その時持っていたウォークマンに入っていたこの曲を聞かせてあげた。妹を元気づける予定だったが、一緒に聞いていた私も励まされた。 30代
43 サンシャインズフォーユー 元々遠藤正明さんの存在は知っていましたが、震災後に思うところがありCDを購入して聴いた時に「例えば雨の日が続いても雨雲の上には、変わらず輝く太陽が君を照らしているさ。」と言う歌詞に触れて多少の事は雨雲しか見えていないから辛いんだろうなと思えるようになりました。今現在も私事で辛い事が続いていますがこの歌のように心の太陽を燃やそうと思える、そんなわたしの心のうたです。 40代
44 シージェッター海斗 震災から数日後、ラジオから流れてきたこの歌。何故、涙が流れてきたのです。大好きな海。お願い海斗、海を石巻を守って。そんな思いで聴いてました。遠藤さんの力強い歌声もいいですよね。 50代
45 No Surrender・the pillow 「どんなに悲しくても生き延びて又会おう」という歌詞に励まされました。震災を意識した曲ではないですが、それだけにわざとらしさのない明るさと希望に満ちた1曲だと思います。 30代
46 いのちの歌・竹内まりあ 一人暮らしの父の葬儀はお盆の後でした。その葬儀で二人の娘が歌ってくれた歌でした。何よりの父へのプレゼントだったと思っています。2人とも おじいさんのことは忘れられない。いつか娘たちの子どもにも伝える日が来るといいと思っています。 60代
47 Hey和・ゆず 毎日何気なく過ごしていた日々が一瞬で震災により消えてしまい、「平和」がどれだけ大事なのかこの曲を通して考えさせられました。 30代
48 to U・Bank Band with Salyu 歌詞の「頑張らなくていいよ」にどれだけ励まされたことか、2番の瓦礫の街のきれいな花のところで毎回涙が出ました。リボーンアートフェスティバルでも何度も歌っていただきありがとうございました。 50代
49 少年・ゆず 「今自分が出来ることをひたすらに流されずにやってみよう」の歌詞が好きで、聴くと元気になります。 50代
50 風のレジェンズ 「迷うことなど毎日 泣きたいことも毎日」が震災のことを思い出すが、それでも頑張ってる。 30代
51 Headlight・MONKEYMAGIC 震災前、車の中でいつも大好きな音楽を聴いていました。あの日、津波は家も街も車も人も奪いました。避難所へ身を寄せその日その日をどう過ごすかを考えるだけで精一杯でした。辛いとか悲しいとか考えたって周りもみんなそう。わんわん泣いたところで何も解決はしない。感じること考えること、感情が動くことをやめて次々と目の前に現れる処理事項をさばく日々を過ごしました。これからどうなるんだろうか。それはこの被災地において誰もわからないことでした。そうして1年以上過ぎた頃、やっと手に入れた車で職場の駐車場に着き、レンタルCDから録音した音楽が聴けるようになりました。一人の時間、少しだけホッとした瞬間に耳に刺さってきたこの曲。「これからどうなるChange my life」「これからどうなるChange my mind」私の暮らしはあの瞬間に一変してしまったのだな、と初めて受け入れて車の中で声を殺して泣きました。何十分も止まらぬ涙に、でもどこか浄化されたような気持ちも湧いてきました。それから劇的になにかが解決されたわけでも辛くなくなったわけでもないけれど、この歌が私を現実に向き合わせてくれ少しずつ少しずつ歩み始められた気がします。ひとの数だけきっかけはあると思うし、どれが正解かなんて当人にしかないけれど、お金や物で肉体は生きながらえるかもしれませんが心は他の誰かの優しさでなければ再生されることはないと思います。それからも今までたくさんのミュージシャンが石巻に思いを寄せてくれています。ありがとうしか返せませんが、一人の人間がひとりで立でるようになったことも小さな復興だよ、とその歌声に返したいです。 50代
52 田園・玉置浩二 紅白歌合戦で初めて聴いて感動しました。幼い頃からよく帰省した祖父母の実家の原風景が浮かんできましたし、「毎日何かを頑張っていりゃ」という誰もの人生を肯定する歌詞に励まされました。 30代
53 とんぼ・長渕剛 震災時松島基地で勤務しており、その時に基地へ来て頂き歌ってくれ、とても勇気をもらいました。 30代
54 brave・ナオト・インティライミ この曲を歌うナオト・インティライミさん。震災後、石巻だけでなく被災地に何度も駆けつけ、励まし続けてくれました。 この「Brave」を聴くと、「何度でも立ち上がろう」という前向きな力が湧いてきます。 50代
55 上を向いて歩こう・坂本九 震災から15年。辛い時もありましたが、この歌があったからこそ、上を向いて歩き続けることができました。80歳を過ぎた今も九ちゃんの歌声に励まされます。 80歳以上
56 シャングリラ・acidblackcherry 石巻には住んでいませんが、建物が倒壊して津波が町を飲み込む映像をよく覚えています。 遊びに行かせてもらった際、街を歩けばあちこちに津波の到達高さを示す線が刻まれ、まちの人と話をするとあの日のことを鮮明に覚えていると皆さんおっしゃいます。 よそから来た私には決して理解できない深い悲しみがあると思います。でも皆さんの言葉のなかには悲しみだけじゃなく、悲しみに立ち向かって乗り越えてきたんだという強さを感じました。『傷みに慣れるのではなく大事なのはその傷を忘れないこと』 この曲はそんな皆さんそのものではないかと思います。 曲を聴く際はぜひ歌詞を見ながら聴いてみてください。 震災から立ち上がろうとする宮城県、岩手県、福島県の皆さんへ アーティストが送ったエールが歌詞に隠されていると私は思います。 これを機会にたくさんの方にこの曲を知っていただけたら嬉しいです。 20代
57 虹・ゆず 破壊の限りを尽くした光景を毎日出勤する中、震災後42日目、春霞のかかった朝 力強く大きな太陽が昇る光景。カーラジオからゆずの「虹」という曲が流れた。 越えて、越えて、越えて、越えて、越えて、越えて流した涙はいつしか一筋の光に変わる虹色の明日へ続く 、沢山の涙がきっと未来の輝きの一つに、運転しながら涙が止まらない。音楽でこんなに涙を流したのは初めてである。 震災からの復興へ背中を押し、勇気づけられた曲である。 60代
58 風は吹いている・AKB48 震災復興応援ソング。 50代
59 何度でも・DREAMS COME TRUE メロディが心地よくて気持ちがぐっと入っていく感じがとても好きな曲です。やる気と背中を押してくれながらも最後には涙してしまう浄化作用が最高! 50代
60 風の日・エルレガーデン 震災後、多くのアーティストが石巻に足を運んでくれました。2013年、私は地元の同級生と一緒に、「東北ジャム」に参戦しました。 大好きなアーティストのステージを楽しんでいた時、不意にその人が観客に向かって問いかけました。 「この歌、歌える人?」 隣にいた友人が迷わず手を挙げると、なんとそのままステージの上へ! 友人と憧れの人が同じステージで一緒に歌っている光景に、私は心から感動しました。 今、その友人とは簡単には会えない状況にありますが、いつかまた再会できた時、大好きなアーティストの「推し活」を一緒に楽しみたいなあと思っています。 50代
61 大漁唄い込み 川開き祭りの大漁踊りで使われる曲で、聴くと勝手に体が動きます。色んなことを乗り越えて、今年もこうして聴けることが嬉しくもあり、もう一緒に聴けない人がいることが悲しくもあります。 50代
62 「被災地の春」 未曾有の東日本大震災が15周年を迎え、当時の悪夢を絶対に風化させてはならないとの想い。1、港町を襲った 津波のあとに 健気に咲きし スミレ草  小草摘みつつ 君を偲んで 丘に上れば 故郷が見える  胸に涙の 淋しさ堪え 彷徨いつづく  (短歌) 上の句:陸奥の 豊けき景色 故郷の  下の句:春立つ森に 鶯啼いて 2、星は瞬き 夜はほのぼのと 春はまた来る 花も咲く 蒼い月夜に 泣いて別れた 愛しいあの娘 今は何処に 暮れて静寂の 港の町は 粉雪が舞う (完)  80歳以上
63 しあわせ運べるように 子供達の歌声に癒されました。子供達の声は希望です。震災から復興した神戸のように、私達も必ず復興できると、この歌を聴いて励まされました。 60代
64 希望いう名の光・山下達郎 震災翌日職場からのからの帰宅途中、高台の道路から遠く見える仙台新港あたりに煙が上がっているのを目の当たりにして虚無感抱いたのを鮮明に覚えています。その後ラジオから流れて来たこの曲に、あの光景が重なっていました。「だからどうぞ泣かないで こんな古ぼけた言葉でも 魂で繰り返せば あなたのため祈り続ける」今でもこの曲聴くと、あの光景が浮かびます。 60代
65 しあわせの時計・ハル&チッチ歌族、石巻市立雄勝小学校のみんな 「しあわせの時計」は、鎌倉在住の作詞家・渡辺なつみさんが手がけ、みんなのうたで放送された楽曲です。 この歌には、東日本大震災で津波被害を受けた石巻市立雄勝小学校の子どもたちの歌声が用いられています。先の見えない不安の中で、学びの場を移しながら学校生活を続けていた子どもたちが、懸命に前を向こうとする姿に、親として胸を締めつけられる思いがありました。この楽曲には、そうした子どもたちの声を通して、命の尊さや、当たり前の日常の温かさを大切にしてほしいという願いが託されています。 渡辺なつみさんとの交流をきっかけに、2012年春には有志による「鎌倉こころプロジェクト」が実施されました。鎌倉で行われた交流会では、子どもたちとハル&チッチ歌族が再び同曲を合唱しました。わが子たちが歌うその姿は、震災を越えて、歌が人と人の心をそっとつなぎ、未来へ歩み出す力になることを実感させてくれる、象徴的な場面だったと伺っています。 50代
66 ブルーのギフト ギフトとは「受けとるより多くを与える事だ」ブルーの綺麗な歌声と、心に響く歌詞。何度聴いても涙が流れます。励まされ前向きになる歌です。結婚式の入場にも使用しました。私の心にいつまでも残るほんとに素敵な曲です。 50代
67 LIFE・SUPER EIGHT 何もかもが変わって戸惑いと混乱の中、必死に流れる日常にしがみついて生きてきました。そんな中で何度もこの唄の歌詞を思い浮かべていました。 40代
68 虹が消えた日・秦基博 物流が止まり物資を送ることはできないけど、と友人がこの曲を着うたフルでプレゼントしてくれました。停電が続く中、携帯のバッテリーを消費しないよう毎朝この曲を1回だけと決めて聴きながら職場まで8キロほど歩きました。歌詞と自分の置かれた状況を重ね合わせ、泣きながら歩いたあの日々を今も苦しいほど鮮明に覚えています。PTSDを発症しましたが職場では理解が得られず退職。今、私は災害支援の仕事をしています。消えてしまった虹のその先へ、私は確かに歩んでいます。この曲がなければ私はあの辛い日々を乗り越えられなかったと思います。一生大事に聴き続けます。 40代
69 バルカン音楽 大好きなのでフォークダンスのおじいちゃんおばあちゃんと楽しんでいます 40代
70 Headlight・MONKY MAGIC 震災後、実家の気仙沼へ仙台から物資を積んで何度も走っていたり、震災復興の仕事をしていたときの移動中、ラジオから流れていたこの歌に励まされました。 50代
71 風になりたい・THE BOOM 「何ひとついいこと なかったこの町に」と震災前、歌ってましたが、今は、「いっぱい、いいことがあったよなあ」と思いながら歌ってます。 50代
72 思い出せなくなるその日まで・back number 震災前に大切な娘を亡くした自分の気持ちと震災でたくさんの悲しい思いをしている人たちの心に響く詩だと思いました。 60代
73 頑張る人・FENCE OF DEFENSE ストレートな歌詞と小気味よいサウンドで、「歩いて行こう前に向かって」「頑張る人よ諦めないで」と歌うところに力付けられました。 40代
74 Brand New Day・Samson シンプルながら力強く心に響く曲で、当時は明日への活力につながりました。 40代
75 何度でも・DREAMS COME TRUE 避難所のラジオでこの歌を聞いて、とてと勇気づけられました。 20代
76 アンパンマンのマーチ 小さいお子さんも一緒に歌える曲で しかも大人の心に刺さる歌詞だったのを震災直後に感じたことを今思い出した。 50代
77 YAH YAH YAH・CHAGE&ASKA 当時、避難所で生活しながらボランティア活動もしていました。SNSでラジオのリクエストに流してほしいと関東の友人知人にお願いして避難所のラジオでやっと聞けた時は、みんな繋がっている、孤独じゃないと震えるほど勇気づけられました。 30代
78 春よ来い・松任谷由実 震災当日からラジオから流れているのは、ACの広告だけでしたが、数日経って流れてきた音楽が、この「春よ来い」でした。当時の心境に当てはまっていたので、心に染み入りました。 50代
79 虹を架けよう・みやぎびっきの会 石巻や女川、仙石線など、地元の名前や情景が思い浮かぶ歌詞が大好き。「僕らを育てたこの町に 虹を架けよう」というサビで、前向きな気持ちになることができた。 20代
80 それが大事・大事MANブラザーズバンド 沈んだ心で絶望しかない時でも、根拠もないけど背中を押して助けてくれた歌です。説明が不要なほど真っすぐ勇気と力を与えてくれる歌詞は、震災後の毎日の通勤で逃げ出したい気持ちを職場に向けてくれました。「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと、駄目になりそうな時それが一番大事」、「涙見せてもいいよ、それを忘れなければ」強気な歌詞の反面、無理に強がらなくても良いなどデリケートな感性の歌詞もあり、どんな心理状態にあっても一曲で複合的に励ましてくれる歌詞は、本当に自分を救ってくれました。 50代
81 千の風になって・秋川雅史 震災で多くの人が亡くなった話を聞くたびにやりきれない思いになりました。 この歌を聴くと、亡くなった方々が今もどこかで見守ってくれているのだと感じ、優しい気持ちになれました。震災から15年が経つ今、改めて大切にしたい一曲です。 50代
82 何度でも サビの部分「何度でも何度でも何度でも」がグッときた。震災に負けないって気持ちになった。 40代
83 にじ・新沢としひこ 震災直後(仙台在住)に、娘が通っていた保育所で、子どもたちの声で聴いたこの歌「rarara 虹が虹が 空にかかって 君のきみの 気分も晴れて きっと明日は いい天気 きっと明日は いい天気」のフレーズが混乱した日々、故郷・雄勝を想う気持ちを、支えてくれました。 60代
84 春よ、来い・松任谷由実 震災当時、とにかくつらい出来事がたくさんありました。しかし裏を返せば、少しの優しさや寄り添う気持ちが大きな光になっていたように思います。松任谷由実さんが歌ったこの歌もその一つ。NHK紅白歌合戦での祈るようなパフォーマンスにも勇気づけられました。 50代
85 関白失脚・さだまさし 鶴瓶の家族に乾杯で以前訪問した石巻のお寺さんで集まった時に歌った曲。サビのがんばれで今までこらえていてものが崩れて涙しました 50代
86 何度でも・DREAS COME TRUE こみ上げてくる 涙を何回拭いたらという冒頭の歌詞も、何度でも、という繰り返す歌詞も、全壊した家や亡くなった知人を前に途方に暮れている私を奮い立たせてくれました。 50代
87 Eternal・赤西仁 2011年3月発表のこの曲の歌詞全てに支えられました。「乗り越えなきゃならないこともあるでしょう、負けないで、何があっても傍にいるから」「好きとか嫌いとか簡単な言葉じゃ伝える事が出来ない一年に一度の特別なこの日を」生きて笑ってるそれだけで幸せ意味がある。歌詞を通してあの日を未来に悲しみの涙が流れないようにと歌詞のように願わずにいられません。 60代
88 トトロのオープニング 震災後の幼稚園の運動会で流れて素直な子どもたちの姿を見て震災で塞いだ心が明るくなった心が洗われた。 40代
89 Happy・Pharrell Williams 2013年に流行したこの曲は、「踊ってみた」と称して世界各地でコラボ動画が爆発的に広がったことでも有名な曲になる。石巻でもこの音楽に合わせて、市民が踊る動画を作成した方がいた。今でもYouTubeで公開されているため、興味のある方は「HAPPY 石巻」などで検索すると映像がでてくるため見ていただきたい。軽快な音楽とともに、エネルギッシュな市民のみなさんが登場する映像は、震災の爪痕が残る当地にて、新しく強いパワーを感じさせる内容として強く記憶している。今でも定期的に聴きたくなる音楽であり、見たくなる映像作品ともいえる。 40代
90 The Eagles Desperado 心が凝り固まった時にこの歌詞をよく思い出します。 40代
91 笑顔・いきものがかり 震災後、常に自分の中に「強くなりたい」強くならなければいけないという想いがありました。この歌の歌詞がその想いを支えてくれ、私の心の、生きる活力になっています。いつかちょっと悲しいこともある。いつかちょっと嬉しいこともある。でも全部笑えたらいい、全部抱えて生きていけたらいい。笑いながら泣くような日々を、泣きながら笑うような日々を、この曲の歌詞にあるように今も笑顔で強く生きていきたいと思っています。 30代
92 WALK・九龍 震災後、仕事終わりの暗い夜道をこの曲を聴きながら帰っていたのを思い出します。最後の「願いはこの道の果て 望みはその先にあって 歩む僕らを照らし続ける」とても勇気付けられました。 40代
93 友よ・タッキー&翼 震災当時、イベントで来てくれてこの歌にとても励まされました。生きてる、それだけで希望になるんだ、信じて。今でも思い出す心のうたです。 40代
94 あとひとつ・FUNKY MONKEY BABIES 震災後やも現在も勇気をくれる歌。 東北の歌だと思います。 60代
95 花は咲く 復興ソングとして震災後に作られた曲です。震災後間もない中学生のときに合唱した思い出の曲です。今でも好きで聴いています。 20代
96 時代・中島みゆき 「時代」という歌は、中島みゆきさんのデビュー曲で、「この曲は、ふっと自然に頭の中に降りてきて、完成まで時間がかからなかった」と仰っていました。震災から1ヶ月くらいして、ライフラインも何とか復帰しかかったある日、テレビから避難所の様子が映し出され、バックミュージックとして「時代」が流れてきました。まるで、震災のことをうたったような歌詞に、涙が流れました。その後も、震災の映像とともにこの曲が流れることが多く、子供たちが手話を使って合唱していたシーンは今も記憶から離れません。 60代
97 メリーゴーランド・GRASS VALLEY これは「瓦礫の街 SEEK FOR LOVE」というアルバムに入っている歌です。歌詞に「荒れ果てたこの世界」からのラスト「また夢を描けるはずさ」と、絶望から希望へと向かうくだりが震災と重なり、避難所で外に出て毎日歌ってました。 50代
98 YATTA!・はっぱ隊 地震の直後、まだ電気も点いていない親戚の家に避難していたとき、ラジオから被災地への応援ソングとして誰かがリクエストしたこの曲が流れてきました。「葉っぱ一枚あればいい」にあれだけ納得させられたことはありません。あの時は笑いをありがとうございました。 30代
99 金星・ELLEGARDEN 震災の時この曲をきいて頑張ろうと思いがんばれました!! 50代
100 第九ベートーベン 石巻は江戸時代から繰り返し繰り返しキガや津波におそわれ、なんとか生きのこってきました。父や母、祖母や祖父は石巻をほこりに思い桜を愛し、風景を愛してきました。3.11後見るかげもなくなりましたが、ここ1年程は立ち直ってきてますか。高齢者も長生きしていけるように石巻又岩手、福島、青森、山形、秋田の文化が永遠に続きますように。 70代
101 かぞえうた・Mr.children 震災直後に発表された曲です。被災した我々に、希望を与えた。優しいメロディー。 50代
102 Let it be なつかしい青春時代を思う. 70代
103 見上げてごらん・坂本九 確か震災直後には、「ポポポポーン」のやつと、この曲が流れていたと思います。「上を向いて歩こう」もですが、ことらは切ないメロディーながら希望も感じられ、今でも聞くと涙が出ます。 60代
104 ふるさとは今もかわらず・新沼謙治 東日本大震災の翌年に新曲が発表され、ふるさとへの思いを強くするすばらしい歌であります。 60代
105 若者のすべて・フジファブリック 好きな歌です。 40代
106 夜空ノムコウ・SMAP 震災で犠牲になられた方に天国で過ごしている方に伝えたいと考えた曲です。それに歌で未来の復興の応援に良いとあふれやすい。 40代
107 花は咲く 広く歌われていたから。この歌をきくたびに3.11からの復興への思いを強くしたから。 70代
108 命の歌・竹内まりあ 歌詞すべて。ゆずの幾重も最高にすばらしい。心のうたになっています。 70代
109 船を出せ。未来へ‼・サムライアパートメント 青い鯉のぼり祭りで毎年歌ってくれる映画「有り触れた未来」のエンディング曲でもある。生きる力をもらえる曲。 50代
110 head light・monkey magic 当事者側の心情として、これ以上のうたはないと思います。 40代
111 のぞみ1号・くるり 2012年にリリースされたアルバム「坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)」に収録されている、大好きな曲です。リリースから15年近く経つ今、歌がより心に響いている感覚がしました。生き抜く為の、お守り代わりのような一曲です。 30代
112 未来へのプレゼント・中山美穂with Mayo この曲をきくたび心がおちついて、がんばろうとおもいます。そして、この曲の作詞は中山美穂と岡本真夜さんがごいっしょに作られた曲です。とくに「どんなにつらくても 夢をあきらめないで 忘れないでいてね 一人じゃない」というフレーズがとても素敵な曲です。 50代
113 明日へ帰ろう・徳永英明 with Family 当たり前に来るハズだった明日が当たり前でないことを教えてくれた大震災。その明日へ帰ろうという元気をもらえる歌です。 50代
114 心絵・ロードオブメジャー 私の原点、どこまでも真面目で素直に迷わず進める曲。 30代
115 栄光の架橋・ゆず 当時は何がおきているのか理解できなくて両親4人津波で亡くして、この先が見えなくてラジオからゆずの栄光の架橋がながれてきたときは涙が止まらずそれから私の応援歌になり、今でもつらいときは毎日この曲に励まされています。 60代
116 STARKIDS・LMK この曲を心の歌に選んだ理由は歌詞に出てくる孤独や不安の感情に共感したからです。人は周りに人がいてもふとした瞬間に一人ぼっちのような気持ちになることがあります。そんな時にこの曲を聴くと、自分だけじゃないと思えて少し楽になります。また明るいサウンドの中に少し切ない雰囲気が混ざっているところも自分の気持ちと重なっていて好きです。つらい時や落ち込んだ時に聴くと心に寄り添ってくれるような曲なのでこの曲を心の歌に選びました。 20代
117 ほんとの明日・超☆社会的サンダル サビで人生を絶望から救ってくれる「君の明日を信じるよ 嘘なんて絶対絶対言わせない」明日を信じてがんばれる気がする。 20代
118 アンパンマンのマーチ 楽しくなれる。だれもが知ってる。 10代
119 バカサバイバー・ウルフルズ 一世を風靡した国民的アニメのオープニングテーマ。沈んだ気持ちや晴れない気持ちの時、ひとすじの光をもたらしてくれる希望に満ちた歌です。 30代
120 yume日和・島谷ひとみ 温かい気持ちになれる。 20代
121 はじまりのうた・SMAP 落ち込んだ時に聞くと元気が出る。前を向いてがんばろうと思える。 40代
122 ケセラセラ・Mrs.GREEN APPLE なるよになるさといういみでこころにささるかしだから 10代
123 わせねでや 私の母実家が塩釜にあるのですが、そこでよく歌われていました。震災の教訓と地域への思いが込められています。 10代
124 大空と大地の中で とてもとてもつらい時、この松山千春の歌を聴きボロボロ泣き、励まされ、なんとか元気を取り戻した。 70代
125 石巻復興節・石川さゆり 2011.9.6に歌手の石川さゆりが、開成仮設団地に来た時に、住民の何人かが独自に詩をつくり、石川さゆりさんに作曲を依頼して出来たものです。当初は「まけでらいね石巻」というタイトルでした。当時の暮らしを思い出します。日和山や万石浦などが入っており、少し長いけれどもカラオケでも唄い易いです。 80代
126 いいわけナイナー NHKのみんなの歌でながれているから。 50代
127 物憂げ世情・ジャパハリネット 日々の生活で疲れた時、悩んだ時必ずと言っていい程聴いてきた曲です。深い歌詞なのに曲調が明るいので聴き終わった後は元気になります。 50代
128 Be the light・ONE OK ROCK 当時MVで見た時、英語で分からなかったけど写真が震災の時にとられた物を使っていたので、私たちのために歌ってくれているんだと感動しました。 10代
129 CRY・加藤ミリヤ 自分が精神的にもガタついててメンタルボロボロの時、一番支えてくれてはげまされた曲だから。 20代