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震災の記録

被害状況

津波浸水の状況

・校地(海抜40m)に到達なし

・浜は10m超の津波襲来。寄磯,前網ともに被害甚大

浜の被害1 浜の被害2  

建物の被害

・校地・校庭の地割れ,教員住宅と旧技術棟が全壊(解体)

・校舎は南側基礎が露出し排水管断裂,ガス漏れ

・壁にクラック多数。

地割れ1 基礎露出

人的被害

児童,保護者,教職員に被害なし 

避難者数

最大204名(場所:体育館,トイレは校舎を使用)

避難所

地震発生から学校再開までの歩み

2011年3月11日(金曜日)

・午後2時46分地震発生時,低学年は授業が終わり校庭で遊んでいた。中学年は教室で,高学年は理科室で授業中だった。

・児童を校庭に避難させ,通院による欠席児童(3年)1名を除く全員(18名)の無事を確認。教職員は午後から年休の事務職員(17日に無事を確認)以外全員(7名)の無事を確認。

・校庭は,地割れが見られたので教職員と児童は,駐車場に戻り,儀式用具入れ倉庫に避難。

・体育館を避難所として開放。担任以外の教職員を中心に備蓄品の準備をする。

・地震により地盤が沈下し,校庭はひび割れと一部崖崩れ。校舎内物品散乱。ガス漏れ,配水管の破断。

・電気,水道,電話,携帯不通。

・およそ1時間後の大津波により,寄磯浜・前網浜の漁協や民家等,多数流出。保護者の自宅も地震による被害や流出により半数近くが被害を受ける。

・体育館に集まった地域住民の中から主だった者で対策本部を設置。しかし,保護者等の若く実動隊となる人たちは船を沖に避難させに行き不在のため,お年寄りが多く,校長が対策本部長となる。

・避難者およそ130名,地域の行方不明者11名

校内被害1 

2011年3月12日(土曜日)

・欠席していた3年児童,両親と共に学校に登校。

・児童と教職員は,体育館にまとまって避難する。

・谷川道路と女川に通ずる野々浜の橋が流出し,車での避難経路は途絶していることが判明。

・沖に船を避難させていた人々も港がなくなったため,船を着けることができずなかなか戻れない状況が続く。情報は,ラジオからのみであり,教職員の家族の安否や自宅の状況等については全く分からない状況。

・地域の人の提案で校庭に石灰でSOSを表示

・避難者204名 地区の行方不明者は12名

SOS表示

2011年3月13日(日曜日)

・自衛隊ヘリ3回救出に飛来 病人やお年寄りを中心に市中心部の避難所に搬出

・児童1名,保護者と市内の避難所に搬出。

ヘリ2 

2011年3月14日(月曜日)

・自衛隊,県ヘリ5回救出に飛来

・9名の児童が家族とヘリで市内の避難所に,1名は車で原発に避難。

・2名の児童は16日に家族と内陸部の実家に向かう。

ヘリ1 

2011年3月15日(火曜日)

・仮設道路開通

・学校としての緊急避難所組織を解散,職員は交代勤務とし自宅や家族の状況を確認。 

2011年3月16日(水曜日)

・校舎1F・体育館は生活避難所に開放 運営は地域で行う。

2011年3月17日(木曜日)

・校長・教頭が市役所に出向き状況を報告,事務職員の無事を確認。

・職員8名の内6名が住居を失った(自宅と教員住宅1人,教員住宅4人,アパート1人)

・ガソリンが手に入らず学校と自宅の往復が困難となるケースが相次いだ。 

2011年3月19日(土曜日)

・市内の避難所にいた児童が保護者と共に寄磯の避難所に戻り始めた。

・自衛隊が米や食料等の物資を連日搬入,艦船による風呂の提供も数回行われた。 

2011年3月20日(日曜日)

・市教委学校管理課・牡鹿病院医師1名看護士2名来校 

2011年3月21日(月曜日)

・市教委指導主事来校・水道事業団汲み取り 

2011年3月24日(木曜日)

・小学校異動者事務引継 転入職員来校

支援物資 浜の被害3

2011年3月29日(火曜日)

・衛星電話設置 

2011年3月30日(水曜日)

・修了式10時40分 卒業式11時20分 離任式13時30分 

2011年4月1日(金曜日)

・一斉赴任 避難者110名程度 

2011年4月6日(水曜日)

・9時30分補習授業(ほとんどの児童は体育館から登校) 

2011年4月7日(木曜日)

・23時32分余震M7.4 校舎基礎開口部,校庭,裏山のクラック広がる。 

2011年4月13日(水曜日)

・職員会議  応急対応:校舎南側砕石投入,校庭南側ロープで立入制限 

2011年4月14日(木曜日)

・応急対応:校舎南側砕石投入昇降口仮舗装 

2011年4月18日(月曜日)

・15時20分電気復旧

・電話の復旧は4月27日,水道の復旧は5月4日,インターネット回線の仮復旧は8月26日であった。 

2011年4月21日(木曜日)

・始業式9時00分 入学式10時30分

・全校児童16名,入学児童3名,震災による転出は2名,内1名は2学期から本校に戻った。

・ほとんどの児童が避難所(体育館)からの通学,5月2日頃から地区の水道が復旧し自宅に戻り始めたが,7名の児童が9月に仮設住宅が出来るまで避難所で暮らした。

学校再開

 

これ以降,9月に避難者が仮設住宅に入居するまでの約半年,体育館を避難所とし,トイレがないため,校舎1階も開放した。

校舎施錠・機械警備の再開は9月8日(木曜日)。9月11日(日曜日)には地域住民で体育館・校舎周辺の大掃除等を行っている。

このほか,全壊扱いの管理職住宅1階台所部分を避難所の食事準備のため,体育館前の儀式用具倉庫を会議や昼夜の談話室として開放した。

<現在の寄磯浜 2017.5>
現在の寄磯浜

震災から9年が経過し,地域内の仮設住宅が全て撤去され,高台の復興住宅地への転居が進むなど,本校ならびに寄磯・前網地区の復旧・復興は確実に進んでいます。これまでいただいた多くの皆様からのご支援に深く感謝いたします。寄磯小学校は寄磯・前網地区の皆様とともに,一層の復興に向けてさらに前進します。