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南境貝塚

更新日:2017年2月22日

東の籠峰山(かごぼうやま)と西の南境字下金山をつなぐ標高10から20mの丘にあり,遺跡の面積は東西120m、南北150mで、斜面一帯に広く貝層が分布しています。貝層を形成するのは縄文時代の中期末から後期初めまでで,古くから知られた貝塚です。1913年(大正2)から遠藤源七・毛利総七郎両氏によってしばしば発掘調査されたそうです。膨大な量の資料が発掘され,中でも釣針が最も多く発見され特徴があるそうです。スズキやマグロも獲って食べていたようです。やはり海から徐々埋め立てられ陸地化していきました。

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貝塚
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貝塚